(ウォーキングC113-2)
正面に見えている飯盛山に向かって突撃です。
足元にはご当地マンホールが。絵柄は会津若「松」とどこの山でしょうか。磐梯山・・はここからでは見えないし。
飯盛山と名付けていますが、実際はその麓にある建物群を周回する感じです。周った感じですと、飯盛山の山頂へと延びるような道はありませんでした。
看板の矢印に沿って回り込みながら進んでいきます。「奥州」という文字が今、東北に居るんだなと実感させられます。
小さな祠ありその横には、
戸ノ口堰洞穴があります。猪苗代湖から続く穴で、白虎隊も通った場所とのことです。歴史的には約400年と。
今でもこのように用水路(?)として使用され、水が流れ続けています。関西にも琵琶湖から京都市外へ続く疎水路がありますが、それの猪苗代湖-会津若松Verでしょうか。
少し登ってさざえ堂にやってきました。既に平衡感覚が狂いそうな佇まいですが、折角なので、中の様子を見てみましょう。
背中にある窓口で入場料を払って、中へ。螺旋スロープで上まで登っていくようです。建った時代が時代ですので、天井は低め。
これらのお札は何時頃貼られたものでしょうか。接着剤が発明されて以降でしょうから、最近なような。
最上段までやってきました。わたり階段のような感じで反対側へ。
最上部に何かあるのかと言うと、画はありましたが、象徴になりそうなものは特になく。
下りもやはり螺旋スロープ。
のぼりと交差はしないのですが、見通す場所がありました。多層建ての駐車場はこんな感じじゃなかったっけ。
とか思いつつ、入口とは反対側に出口があり、そこで終了。
横から見るとこんな感じ。通った後だから理解できるこの形状。時代の超最先端でバリアフリー・・・と思ったら入り口までが見事に階段。
白虎隊自決の地を目指して進みます。飯盛山山頂への道を探しているのですが、ないなぁ・・。
少年武士慰霊碑へもたくさんの方が参拝されていました。
白虎隊自決の地周辺にやってきました。このような感じで色々建っています。
会津若松城が燃えて陥落寸前と勘違いして・・・でしたか。ここからの景色から自刃を決意したと。
飯盛山に突入して30分ほどで回って降りてきました。ここからは「いにしえ夢街道」沿いに進みます。黒いセブンを発見。
普通の道ですが、観光路線バスもこのルートを通るため、時折バス停も。
まぁ、山間の道ですな。
大きな愛宕神社の石柱があったので。そちらに引っ張られてみます。
総本山が山の上というのもあるのか、中々の階段道です。
おすすめのViewスポットのようで。
前日のダメージも少々引きずりながらこんな看板を見て、「余計なお世話だw」と心の中でつぶやく。
飯盛山入口から25分ほどで愛宕神社に到着です。職員が常駐していそうな建物もなく、本殿だけが鎮座していました。
境内にはこのような絵が飾られていました。会津の城下町の様子でしょうか。
ここから山間の道を少しだけ進みます。